竹田にとって、お茶は単なる飲み物ではありませんでした。それは彼の美学を体現する、日々の暮らしにおける芸術実践そのものだったのです。その思想は、彼が著した『竹田荘泡茶訣(ちくでんそうほうさけつ)』『竹田荘茶説(ちくでんそうちゃせつ)』という二冊の書物によく表れています。

竹田の茶に対する思想は、現代にも多くの示唆を与えてくれる

伝統を極め、自分だけの道を拓く

竹田のお茶への探求は、まず伝統を深く学ぶことから始まりました。彼は若い頃、千利休の流れを汲む千家の茶道(抹茶)の門を叩き、その奥義を究めています。

しかし、彼はそこに留まりませんでした。さらに中国の茶の古典である『茶経』や『茶譜』といった書物も研究し、抹茶だけでなく、当時「文人趣味」として広まっていた煎茶の道を深く探求していきます。

伝統に敬意を払いつつも、それに縛られず、古典に学んで自らのスタイルを築き上げる。これはまさに、古画を学びつつも「自家に立脚す(自分自身の表現を確立する)」ことを目指した、彼の絵画制作の姿勢と軌を一にしています。

「泡茶訣」に込められた、究極のこだわり

『竹田荘泡茶訣』は、文化2年(1805年)、竹田が29歳の時にまとめられた煎茶の指南書です。驚くべきは、その体系的で徹底したこだわりです。彼は、最高の一杯にたどり着くために、9つの法則を設けました。

竹田が定めた九則

お気づきでしょうか。竹田の関心は、単に「美味しく淹れる」技術だけに向かっているのではありません。良い茶葉を作り、正しく保存し、最適な水と器を選び、最高のタイミングで淹れ、そして心静かに味わう。その全プロセスに美と精神性を見出そうとしているのです。

特に最後の「得趣」は、彼が芸術全般に求めた「精神の到る」境地と重なります。一杯のお茶を通して、日常の喧騒から離れ、静かで豊かな境地に至ること。それこそが、竹田の茶道の最終目的でした。

芸術と生活は一つである

絵画論では「精神」を語り、茶道では「得趣」を説く。田能村竹田にとって、キャンバスに向かう時間も、一杯のお茶を淹れる時間も、等しく「美を追求し、自己の内面を高めるための道」でした。

彼の生き方は、芸術と生活が分断されていない、豊かで一貫したものであったことがうかがえます。暮らしの隅々にまで美意識を行き渡らせ、日常の何気ない行為の中にこそ真の趣を見出す。この姿勢は、忙しい現代を生きる私たちにとって、大きなヒントを与えてくれるのではないでしょうか。